自治体実践レポートシリーズ No. 1 裾野市

自治体実践レポート

「前例がない」をどう乗り越えたのか

裾野市に学ぶ窓口改革の意思決定プロセス

Executive Summary

自治体における窓口D Xの最大の障壁は、技術ではない。「前例がない」「失敗したらどうするのか」「現場をどう説得するのか」という組織的・心理的な壁である。

裾野市では、窓口改革を単なるデジタル化ではなく、「住民体験を起点としたサービス改革」と位置付けた。その背景には、窓口が機能不全に陥るほどの混雑という危機があり、市長・副市長が現場を目の当たりにしたことが改革の出発点となった。

さらに、改革を進める過程では、デジタル庁の窓口BPRアドバイザー派遣事業制度を活用し、カスタマージャーニーなどのサービスデザイン手法を取り入れながら、市民視点で窓口を見直した。

この事例から得られる最大の教訓は、「システムを導入したから成功した」のではなく、「データ・現場の実感・トップの支援」という三つの要素が組み合わさったことで、組織が改革を受け入れられた点にある。

 

1. なぜユーザー視点へ転換できたのか

改革の契機は、窓口に利用者があふれ、椅子にも座れず立って待つ状態となった日だった。この状況を市長と副市長が直接視察し、「このままではいけない」という危機意識を共有したことが、改革を後押しした。

しかし、現場には「何をどう変えればよいのか」という知見がなかった。そこで裾野市は、デジタル庁の窓口BPRアドバイザー派遣事業制度を活用し、住民が窓口でどのような体験をしているかを可視化する「窓口体験調査」を実施した。民間企業で用いられるカスタマージャーニーの考え方を行政に取り入れたことが、制度中心から利用者中心への視点転換につながった。

示唆

ユーザー視点は理念として掲げるだけでは定着しない。利用者体験を客観的に観察し、可視化するプロセスが組織の認識を変える出発点となる。

 

2. 「前例がない」をどう乗り越えたのか

行政では、新しい制度や運用を導入する際、「失敗できない」という意識が強く働く。

裾野市では、完成形を設計してから導入するのではなく、「まず試す」というプロトタイプ型の考え方を採用した。 まず一部業務で予約優先運用を試行し、その結果を現場職員自身が体感したことで、「以前の運用よりも良い」という共通認識が形成された。

その後、データを蓄積し、他部署へ段階的に展開した。中原氏は、後発自治体であれば、先行自治体の知見を活用することで、必ずしも同じ時間をかける必要はないとも述べている。

示唆

改革のハードルを下げるには、「最初から完璧を目指さない」ことが重要である。実証を通じて成功体験を積み重ねることが、最大の説得材料となる。

 

3. データが組織を動かす

裾野市では、感覚ではなくデータを意思決定の基盤とした。

住民満足度についてはNPS(Net Promoter Score)を採用し、単なる平均点ではなく、推奨者と批判者の割合を把握することで、改善すべき課題を明確化した。また、一部の強い意見に左右されず、全体傾向を踏まえた改善を進めている。

さらに、窓口での待ち時間や各工程の所要時間をデータとして蓄積し、改善効果を数値で示した。こうしたデータは、他部署への展開や予算化の説明にも活用された。

一方で、中原氏は「数字だけでは人は動かない」とも指摘する。現場職員が「以前の運用には戻りたくない」と感じるほどの実感があって初めて、データは説得力を持つという。

示唆

改革を推進するには、「数字」と「現場の実感」の両方が必要である。

 

4. 成功を支えたチーム体制

改革は、市民課とデジタル部門が中心となり、窓口改革プロジェクトとして進められた。デジタル部門は改革全体の設計と推進を担い、市民課は現場運用への落とし込みを担当するなど、役割を明確に分担していた。

また、現場からの反発やクレームへの対応は推進側が引き受け、「嫌われ役」を担う覚悟を持って改革を進めたという。その一方で、「嫌われても信頼される存在」であることが重要であり、他部署との「信頼残高」を積み重ねることが改革を継続する鍵であると語られている。

 

5. 意思決定を支えた要因

最終的な意思決定を支えたのは、

  • トップによる明確な支援
  • 数値による成果
  • 現場職員の「続けたい」という実感

この三つが一致したことである。

市長・副市長がデータを理解し、成果を評価するとともに、現場職員自身が改革の効果を実感したことが、組織全体の納得感につながった。

 

他自治体への5つの提言

裾野市の経験は、他自治体が窓口D Xを進める際に次の五つの示唆を与えている。

  1. 危機を改革の起点とする。 現場で起きている課題を組織全体で共有し、トップが自ら現場を見ることが重要である。
  2. 利用者体験を可視化する。 制度ではなく、市民がどのような体験をしているかを起点に改革を設計する。
  3. 小さく試し、成功体験を積み重ねる。 完璧な制度設計よりも、実証を通じて現場の納得を得ることが効果的である。
  4. データと実感を両輪とする。 数字だけでも、感覚だけでも改革は進まない。両者を組み合わせることで説明責任と納得感を両立できる。
  5. 改革を担う「推進役」と現場の役割を明確にする。 推進役が説明責任や調整を担い、現場が安心して新しい運用に取り組める体制づくりが重要である。

 

結論

このインタビューから導かれる結論は明確である。裾野市の成功は、新しいシステムを導入したことではなく、「ユーザー視点」「データに基づく判断」「現場の納得」「トップの支援」という四つの要素を一体的に進めた窓口D Xの実践にあったという点である。他自治体が参考にすべきなのはフロントデスク製品はもちろん、この意思決定プロセスと組織変革の進め方である。